「奪われざるもの」SONY「リストラ部屋」で見た夢  清武英利

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17年間で都合6度、目標削減数8万人の未曾有のリストラ。その時、無辜の社員はどう生きたか。

元海外営業マンは「公園居酒屋」で団結し、エンジニアはリストラ部屋でもモノ作りを続け、現場の女性は徹底的に抗った。

リストラ部屋の人々がすべて実名で、その苦しみと誇りを堂々語る。

嘆くな、前を向け、と。(本書帯~)

 

プライベートバンカー」が面白かったので、同著者作を読んでみました。

能力開発センター~キャリア開発室、時には追い出し部屋やガス室とまで言われる部署が、現在もあるらしい。

本書を読む限り、キャリア開発室へ送り込まれるのは定年間近だったり、仕事が出来ない人ばかりではないようです。

自ら志願する人も。

 

・・・新しい世の中や画期的な発明、発見はたいてい異端者によってもたらされてきた。

日本企業のなかで異端の才能を最も評価していたのは、かつてのソニーであった。

その異端者たちがリストラ部屋に収容されるところにその後のソニーの不幸があった。・・・(P.37)

 

SONY製品は憧れだった世代です。

ソコイラの電気製品とはチョッと違う、イケてる製品があった。

ウォークマン・プレイステーション(両方とも持っていなかったけど)。

SONYのロゴが燦然と輝く音楽カセットテープデッキは、今でも現役です。

VAIOのPCも使わないけど捨てられずに持っていたり。

それが何故?・・・ここに描かれたことが事実というのが信じられない。

 

ソニーの創業者である井深大は1969年1月、年頭経営方針でこう語っている。

「自分の働くところを、自分の才能をどう伸ばすべきかを本気になって考えてほしい。自分の能力が最高に発揮できる、もてる力をフルに発揮して自分というものをさらに高めることのできる場所を探すのは、あなたの権利であり義務である。

人に頼ってはならない。あなたのことをあなた以上に知っている人はいないのだ。」(P.294)

 

そもそも、ソニーのような世界企業の社員は優秀な人材が多い。

リストラされても、能力の高さと意志の強さで這い上がっていくことが出来る!と思うのは、ヒガミでしょうか?。