ドラッカー365の金言~4月25日
責任なき権限に正統性はなく 権限なき責任にも正統性はない。

・・・GMのスローンにとっては、社会的責任なるものはプロ的でないだけでなく、無責任であって権力の濫用ともいうべきものだった。
 私が出席していたある社外の会議において、ある会社のCEOが「われわれには高等教育に責任がある」と発言したのに対し、「それではわれわれはどのような権限をもっているのか」と問いかけ、「権限はない」との答えを得るや、「それなら責任について話すのはやめようではないか。権限と責任は対である。権限をもちたくない。またもつべきでないというのであれば、責任についてもいってはならないと思う。逆に責任をもちたくない、またもつべきでないというのであれば、権限についていってはならないと思う」といった。
 スローンはこの考えをマネジメントの原則としていた。もちろんこれは政治理論と政治史が最初に教えることである。責任なき権限に正統性はなく、権限なき責任にも正統性はない。いずれも専制の原因となる。
 スローンはプロのマネジメントとして権限を求めたが、プロとしての責任も負っていた。彼は、その権限をプロとしてのマネジメントの領域に限定し、他の領域では責任をもつことを拒否していた。『傍観者の時代』・・・

責任をとれない者に権限を与えるな。権限がない者に責任をとらせるな・・・ってことですね。
これまで、権限がないのにいろんな話をしてしまい、責任の所在があいまいになって各方面に迷惑をかけたことがあったような・・・。(;”∀”)
今でも、ドキッ!とします。

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」(二宮尊徳)にも通じるものがあります。