街道を行く?(金沢版)
「関ヶ原連判状」を読んで散策魂(?)が刺激されました。
横山家の屋敷があったという横山町まで歩いてみよう~。
というワケで石引通りから大学病院前経由で宝円寺まで行きます。
この辺りは寺院が多いな~とあらためて思う。
そして、ココ宝町から天神町~扇町方面へ下ろうと思ったが、紫錦台中学校方面にも道が下っていることに気付く。帰って調べてみると木曽坂という坂道だった。
この辺りは今まで来たことが無かったので、谷になっていることを初めて知ったのでした。
こんな地形になっているとは・・・とても驚くと共に、いかに地元民でも知らないことが、タクサンあることに気付くのでした。私的には大発見!です。
ほぼ適当に歩いていると「賢坂橋」と書かれたところに着く。
ここで来た道を振り返ってみました。
往時なら、奥の木々の向こうに金沢城の一部が見えたかも?知れないな~。
しばし、登城または下城する藩士気分に浸る・・・。(藩士?お供の部下?)
そして「賢坂橋」の側には、お城のような何とも立派な石垣があるじゃァ~ないですか!。
これも驚き!藩政期のモノなのか近代のモノなのか・・・。
驚きの余韻に浸りながら~ポツポツ歩いていくと賢坂辻交差点に出る。反対側は横山町です。
道が狭いし一方通行等の規制が多い印象なので訪れる機会は、ほとんど無かったのでした。
今回は徒歩なので気ままに移動できますね。
私的には驚き!連続の散策レポート(なのか?)は明日に続きます・・・。