吾輩は猫である
「吾輩は猫である」 夏目漱石を読みました。
3週間近くかかった・・・。
の~んびりとした、明治時代後期の日常がオモシロイ。
・・・が、やや間延びした感もあって、読むスピードもゆったりでした。
吾輩は猫である。名前はまだない。
どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している・・・。
有名な冒頭に続く部分の、「吾輩」猫の境遇が可哀そう~で、読むことをタメラッテしまいそうになっていたネコ好きの自分はオカシイ?。
今も昔も小動物の境遇は、ほとんど変わっていないのだが・・・。
当時の食卓や服装やまち並み、日常生活を想像しながら読みます。
でも、猫鍋は遠慮しておきます。
日常といっても、庶民階級ではなく「吾輩」の主人である苦沙弥(くしゃみ)先生は、英語教師だし、迷亭や寒月といった他の登場人物もインテリばかり。
諷刺もあるが、当時の憬れを体現した小説だったのでしょう。
艶書(!)ラブレターの差出人として名前を貸してしまい、騒ぎになったら退学させられる・・・と苦沙弥先生に相談にくる生徒がいる辺りは、ほのぼのしますね~。
今でも、LINEの成り済まし騒ぎってありますけど、カワイイものです。
・・・「もうよそう。勝手にするがいい。がりがりはこれぎり御免蒙るよ」と、前足も、後足も、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しない事にした。・・・
「吾輩」に現代社会も滑稽に諷刺して語らせたら、どんな物語と結末になるのだろう?。