ライフサイクルコスト

・・・施設はいずれ老朽化する。考えてみれば、それはごく当たり前のことである。しかし、それはずっと遠い先のことのように思える。私たち自身が、いずれ歳を重ね、体力が衰え、やがて死を迎えることは、生れたときから分かっている。それでも、そのことを現実的な問題として受け止めることはなかなか難しい。当面は問題を先送りして、現在を生きる活動に集中するのが普通である。

(中略)

さらに言えば、使用済み燃料の処理や廃炉問題に明確な見通しをもたないまま、原子力発電所を稼働してきたのも、問題の構造としては同じだと言ってもよいだろう。今、私たちはその問題に苦慮している。

(中略)

「ライフサイクルコスト」という考え方がある。1960年代からアメリカの軍需物資の調達分野で採用された考え方だといわれるが、当面の取得費だけではなく、その物資が機能を終えるまでに要する全費用を念頭に置いて比較すべきだというのである。そうなれば、取得費に加えて、少なくとも運営費、維持費、廃棄費を含めた総額が比較対象として含まれることになる。

取得費は安くても燃費の悪い車は結局高くつくというのは、私たちにはおなじみの感覚である。「安物買いの銭失い」という昔のことわざも感覚的にはこれに近い。そう考えれば、ライフサイクルコストはそれほど突拍子もない考え方ではなく、私たちが部分的にもせよ、無意識のうちにうけいれてきた考え方だということもできる。違いがあるとすれば、それが遠い将来の廃棄の費用までも明示的に含んでいることであろう。この考え方を、私たちはもっと意識的に、積極的に取り込んでいく必要がある。・・・(日本販売士協会発行 販売士2017.12 抜粋)

 

「ソフト事業は健全なハード(建物)の上で輝く」~と題し、協会顧問の大阪市立大学 石原武政 名誉教授が寄稿されています。 

健全な身体に健全な精神が宿る~みたいな感じでしょうか。

これでいうと、当パレットのハードは耐震強度不足と老朽化に瀕していて健全な状態ではありません。

そこに、どれだけ立派なソフト(有力店舗・イベント)を当て込んでも陽の目を見ないということか・・・。

瞬間!輝くかもしれないが、持続しない。

どう、ひいき目にみても、記事の核心は健全なハードにあるということです。

仕方ありません。

ライフサイクルには逆らえない・・・。