おろしや国酔夢譚
「おろしや国酔夢譚」 井上靖
・・・1782年(天明2)年、伊勢白子の浦を出航した神昌丸は、暴風のなかで舵を失い漂流、船頭・大黒屋光太夫と16人の船乗りたちは、アリューシャン列島の小島へ漂着した。厳寒のシベリアを往来し10年の月日の後に故国の土を踏めたのはただのふたりだけ。・・・(本書カバー)
「歴史の中の日本」で紹介されていたので読んでみた。
本書冒頭の物語舞台のアリューシャン列島・カムチャツカ半島・大シベリアの地図をその場面、場面で開きながら読み進める。
今でこそ船舶・飛行機で移動できる距離だが(しかし積極的に行きたいとは思わない)、帆船とソリしかない当時の移動と極寒の地は、読み手の想像域を超えていたと思います。
夏季とて蚊やハエが大発生するようだし・・・。
そんな辺境の過酷な地でも原住民はいるし、野性動物の毛皮を求めてロシア帝国の商人が進出していた。
光太夫たちは、故郷に帰ることに不撓不屈の意志で臨み、言葉を覚えたりと環境に順応していきます。
光太夫たち以前にも、日本漂流者がロシアにいたことも明らかに。
史書に残らなくても、そのような人物は何人もいたのでしょうね。
過酷な環境で生きのびられるというのは、生まれつき持っている潜在能力の力なのだろうか、なんとしても故国へ帰る!との強い意志の力、その両方かも。
洗礼を受けロシアに残ることを選んだ仲間もいたが。
光太夫は、ロシア商人ラックスマンの協力を得て、女帝エカチェリーナ2世に謁見を賜り、やがて帰国が実現します。
~それで、めでたしめでたし・・・とは、ならないのが「おろしや国酔夢譚」のタイトルどおり。
日本国民が「国」という認識を持つのは、明治期以降。
光太夫は「日本」ではなく、故郷の伊勢白子浦に帰りたかった・・・。