硝子戸の中
「硝子戸の中」 夏目漱石
・・・硝子戸の中(うち)から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの、赤い実の結(な)った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てる程のものは殆んど視線に入って来ない。書斎にいる私の眼界は極めて単調でそうして又極めて狭いのである。・・・(冒頭部分)
夏目漱石邸(現在の新宿区早稲田南町)での大正4年初頭~春ごろの出来事を綴ったエッセイ集。
当時は個人情報管理が緩かった(無かった?)ので、有名人である夏目漱石宛には、自ら身の上を小説にして~だの、作品を評価して~といった依頼が多くあったようです。
中にはゴシップ?内容もあったりしますが、ある意味?大らかで、いい時代だったのかも。
現代より時間がのんびり~と流れていくような、文豪たちが活躍した時代の感覚が好きです。
でも、こうやって時代の流れに乗れず次第に取り残されて行くのか・・・自分?。
「硝子戸の中」は思い出の場所。
・・・家も心もひっそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放って、静かな春の光に包まれながら、恍惚(うっとり)とこの稿を書き終るのである。そうした後で、私は一寸肱(ひじ)を曲げて、この縁側にひと眠り眠る積である。・・・(P.121)