家郷の訓

「家郷の訓(かきょうのおしえ)」 宮本常一著

・・・題して『家郷の訓』という。家郷はすなわち私の故郷をさしているもので、山口県大島郡白木村(旧家室西方村)長崎である。大島は西瀬戸内海の広島湾と周防灘の間に横たわる面積十方里ほどの島であって、長崎はこの島の中ほど北岸、広島湾に面している人家百戸のささやかな部落である。・・・

 

著者が故郷について幼少期の経験から、母親や古老から聞き取った内容が綴られています。

なぜか、著者の作品は定期的に?手にしています。

読むと何となく見覚え、聞き覚えのあるような内容が出てくる。

自らにすり込まれた?経験・記憶がそうさせるのかも?懐かしい~と思って手にしてしまう。

よき家人よき村人となるための教育(躾)の数々。

世間が新しい方へ向かっても、家の者が何一つ古いことを守ろうとしなくても、自分だけは家を大切にし祖先の意志を子に伝えようとする母親(刀自(とじ))の姿・・・見ていて、自らを省みるような気にもなるのだが・・・。

 

・・・本来幸福とは単に産を成し名を成すことではなかった。祖先の祭祀をあつくし、祖先の意志を帯し、村民一同が同様の生活と感情に生きて、孤独を感じないことである。われわれの周囲には生活と感情とを一にする多くの仲間がいるということの自覚は、その者をして何よりも心安らかしめたのである。そして喜びを分ち、楽しみを共にする大勢のあることによって、その生活感情は豊かになった。・・・(よき村人 P.193)

 

かつての共同体では冠婚葬祭設えや講といった互助関係が成立していたが、今では完全に分業され外部委託してしまい、町内会に一部名残りが見られるくらいか。

時代遅れ!と言えば、それまでだが、合理化の中に本質的なものが忘れ去られているような気がするのでした。

だから、著者の作品を手にするのかもしれません。