青い壺
「青い壺」 有吉佐和子
・・・窯の蓋に手を触れると、軍手を通して熱が掌に伝わってくる。蓋を一枚引いて開けた途端に窯の中の熱が省造の顔に向かって噴き出てくる。省造は、まっ先に中央の円筒型の壺を抱き上げた。胸がすぐ温かくなった。窯から一番遠い机の上に運んだ。釉の色が青く透き通っている。省造は、釉変が出ていないか、一個所でも色に濃淡が現れていないか息を止めて探した。(中略)省造は軍手を脱いで、青い磁肌に掌を当て、いつまでも黙って撫でまわしていた。大声で妻を呼んだことも忘れていた。期待と幽かな自信は持っていたのだが、これほどの色艶が出るとは思っていなかった。・・・(第一話)
京都の無名陶芸家によって誕生した青磁経管(壺)が、幾人もの人手に渡りながら、やがて陶芸家の元に戻ってくるが・・・それぞれの人生や影響が語られる短編集。
やがて、それぞれの内容が一つになり、まるで大河ドラマをみているような感じになりました。
物語の時代背景は、昭和50年代初頭くらいでしょうか。
戦争中の記憶もいくらかは鮮明だった時代。
特に、第七話の戦争末期に、外交官夫妻がイギリス赴任時に買い求めてあった著名な高級食器類を使い、互いに盛装し食事するシーンが圧巻!感動しました。
戦時中のため、食事といっても、さつま芋や醤油、せいぜい日本酒程度しか揃わないに、使用するのは高級食器です。
高級料理店で食事する(ような)描写は、とても優雅で美しい・・・美しいがゆえに悲しい。
「青い壺」は作品であり、実用品でもあり、美術品であり、思い出の品~それを手元に置く人によって価値が変動することもある。
手にした人の人生機微を溜め込んだのが、件の「青い壺」だったのかもしれない。
モノの価値とは誰が決めるのか、それは未来永劫なのか、読後感は安堵しました~これで良かったのでは。
以前、出張時に、たまたま訪れた出光美術館で鑑賞した青磁展を思い出しながら読みました。
当時は単に綺麗だな~くらいだったが、「青い壺」を読んでいたら違った感想になったでしょうね。
また、何処かで青磁展の開催ないでしょうか?。
