「平安京はいらなかった」古代の夢を喰らう中世 桃崎有一郎

・・・日本という国に、あのような平安京などいらなかった。

いや、もちろん誰かが必要と信じたからこそ造られたのだが、それは幻想というべきか、一種の妄想にすぎない。平安京は最初から無用の長物であり、その欠点は時とともに目立つばかりであった。・・・(本書プロローグ)

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平安京前の都、平城京長岡京藤原京難波京恭仁京といった、古代の都に興味があったため、個人的にはハマりました。

 

京都の街は、碁盤の目のように張り巡らされた町割りと道路で成り立っている。

それは平安京の名残りである・・・と、よく見聞きします。

 

東西4,501メートル×南北5,226メートルの巨大なサイズの都市。

道幅30メートルの大路と、道幅12メートルの小路と呼ばれる道路がその中を通る。

小路といっても4車線の犀川大通り並みで、大路に至っては9車線の大幹線道路です。

平安京図は何度も見たことはあるが~、このスケール感に驚きます。

また、平安京を右京・左京に二分する中央には羅城門から内裏に至る、幅82メートルもある朱雀大路という、航空機の滑走路みたいな道が通っている。

牛車や荷車しか無かった時代なのにどうして・・・と。(それは・・・本書にて)

それも朱雀大路は、日常的に使われることが無かったというのに。

1,000年以上も前に、ほぼ人力だけで造ったとは信じられなくなってきました。

 

ただし、町割りはされたものの未完成のままで荒廃の一途のエリアもあったようです。

・・・やがて時代を経て、本来の都としての機能は薄まり~朱雀大路は牛馬が草を食むようになったり、勝手に耕作され田畑になっていった。

要はデカ過ぎた・・・。

 

現代の京都は国際的観光都市として大勢の人々が訪れています。

その礎は平安京にあったのは確かで、ショールーム都市であった故に見るべき場所が多く存在する~。

平安京本来の役割は、現代の日本近隣の某国首都と同じだったんだ・・・。

永遠の都「京都」~その原点でもある「平安京」を無用の長物とまで言い切る本書は、「京都ぎらい」に登場する洛中京都人の怒りをかう恐れあり。(^-^;

 

「そうだ、京都、行こう」のキャッチコピーに代表される、ブランドとしての「京都」があります。

本書副題の「古代の夢を喰らう中世」を、更に喰らった近世~をうまく喰らった(利用する)のが現代。

 

京都(平安京)へ行きたくなりました。(^-^;